◆「ストレス」の有るものを食べない
動物も人間と同じ様に「死」への恐怖を感じると、「ストレス」が蓄積されます。成長する過程での不自然で劣悪な環境も、やはり「ストレス」となります。動物だから、何をしても感じないということは決して有り得ません。そんな動物を口にすると、動物が感じた「ストレス」を人が感じ、そして蓄積されていきます。率直にとても恐ろしいことだと思うし、とても口にするなんて出来ません。
家畜の生産業者の実態は、動物の「ストレス」を無視しているのが現状です。家畜としての動物の一生は余りにも過酷・悲惨で、想像を遥かに超えていて言葉を失います。生産業者には生産方法を公表する義務も自覚も有りませんし、教育の場でも家畜の実態を教えてはくれません。「知ってもらう」という発想自体が世の中には余り無いようです。だから、大きな社会問題になることも今のところは有りません。
しかし、「知らずに食べていた自分」への後悔は、「知ってもらう」ことによって「選択出来る」仕組みを作るべきだという考えにつながりました。
ここでどうしても避けられない疑問は、今まで何も知らずに動物を食べていた自分を「知らなかったから・・・」で済ませて良いのかということです。「知らなかった自分」より、「知ろうとしなかった自分」が問題だったのでは・・・と。
「知らなかったから・・・」という後悔が無くなる様に、1人でも多くの人に矛盾を訴えていくべきだと思います。
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